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カテゴリ | 歴史 文化 |
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講演2
次の登壇は、小川忠博講師。
小川忠博氏の講演内容の一部紹介ご紹介頂いた小川です。今ちょっと固めに紹介されたんですけど、僕はそんなに芸術的にどうのというようなお話は出来そうもないんで、ただ縄文オタクになっちゃって、野次馬的に全国各地を回ってたんで、その野次馬的な中で面白い写真や何かを撮っていることが多いんで、それを少しご紹介して、それでまたその中のエピソードをお話しながらということにしたいと思います。 今縄文に入っちゃったというのは本当に信念も何も学識も何も無いんですけど、たまたまスリットカメラというものを、競馬競輪の写真判定に使うカメラなんですけど、それを自分で作らざるをえないはめになっちゃって、それを撮ってるうちに、これは美術鑑定に使える写真だからこれできちっと撮ってみようと思って始めました。 最初にこれをお見せしたのは縄文ということで、象徴的に青森の方の土偶で全然本の土偶とは違う顔です。私はこれが割合好きなので、使わせて頂きました。 最初の頃は、私はこういう中国陶磁器の1点、何千万何億円というものを当時ずっとやっていたんです。それでたまたま、こういう写真を撮っていて、綺麗なものをくるくる回して撮るというのをやっていました。これは中国の清から段々古い方に来てるんですけど、これはこういう逸品というやつですね。それを撮っていて、青銅器もあって、こういう。これが青銅器の撮影と、日本の縄文時代とだぶってる時期だと思います。これをやっててある日、日本のものをやろうと思って、日本の陶磁器ってそんなに面白く無いんですよね。じゃあ縄文土器をやってみようかということで、私の母校が早稲田なんで早稲田の西村先生という教授のとこへ連絡しまして、すると別に面識無いんだけど来なさいと。ファイルを持ち込みました。今では何でもない縄文土器なんですけど、それを撮った時に縄文人が土器を作る指の痕が展開写真にずっと出まして非常に感動して、これは面白いなと思って。それで西村さんの所へ撮った写真を全部持って行ったら、君これは尖石に行きなさいと。それで尖石を紹介されて、尖石遺跡のものを少し撮らせて頂いて、また宮坂さんが当時ご健在だったんでお持ちしたら、これは君、井戸尻へ来た方が良いよと。それで井戸尻へ行ったんです。ですから井戸尻遺跡、尖石遺跡というのは先程小野さんがお話になっていた勝坂のメッカみたいなところのいくつかのうちの、本当に2つ重要な遺跡を最初から始めちゃったという。それから病み付きになって。それを見て日本中の縄文土器を撮る企画というのが始まって、約7、8年。日本中をぐるぐる回ります。ですから数的には1万点近く撮ってるんですけど、これだけ研究者という目じゃなくて、ある意味ではこういう展開写真というのは学術的には役立つだろうと。だから中国陶磁器の逸品みたいに一品一品ていうことで名品を撮ってたら役立たないから、とにかく数でデータベースとして数を広げないと研究の対象にならないからということで、地方へ行ったら必ず数は撮る、要するにそこで目一杯撮れるものは撮っておこうという姿勢でいったもので、ただただ撮っちゃった。それをやっている内に、どうも縄文というのはこういうように御坂の勝坂の土器なんですけど、めちゃくちゃ凄いんですよね。これを岡本太郎が撮って、縄文はというふうに紹介した中に使われた土器なんですけれど。要するに縄文土器と土偶を出しておけば縄文時代は、先程司会の方も冒頭でおっしゃっていたけれど、済んじゃう。済んじゃうと言うと言い方はおかしいけれど、大体皆さん納得しちゃう。僕もずっとそれを20年近く縄文土器をやって土偶を撮らせてもらっている内に、段々勉強というか耳学問というかそういうものをやっていると、どうもこれは違うなと。縄文人をもうちょっと、縄文時代、縄文人の生活、縄文人ってどういう人達でどういう生活をしてたのかなということを少し色んなもので撮ってみようと。ですから色んな石器であろうとかなんとかこれ全然地味で、博物館やなんかでいくと見に行っちゃって、まして勝坂の良い土器がいっぱいある所だと本当に地味に扱われるというか、自然に地味になっちゃうんですね。そういう中でなんとかやってきたんです。これが勝坂の凄いところで、これだけの密度の濃い。かと言ってこういうふうにシンプルにしても縄文をきっちりおさめている。とにかくなんと言うのかな、出会う度に何でもありというか、おおという感じで撮らせて頂くということが多かったです。これも勝坂だと思うんですけど、これは山梨じゃなくて神奈川の藤沢の方の土器ですけど、これももう山梨の名品に劣らない物凄い土器で、これはなかなか見た人はいないと思うんですけど。これは杉山神社とかいうそういう所なんですけど、これは藤沢の教育委員会が持ってなきゃいけない土器なんですけど、何故か掘ったところが持って行っちゃったんです。今掘ったところが持ってるんですけど、これは早急に戻してもらって。悪意は無いんです。写真を発表するよと言ってもそこの名前で出して良いって言うから、悪意は無いんだけど正しくは無い所蔵のしかたをしていた。これはやはり手も見えるし、小野さんに解釈して頂くと色々あるだろうと思いますけど。僕がこういうのを撮ってて20年やってると面白いですけど、この辺に三叉文を撮った。この辺にありますが。要するに勝坂の紋様で何気なくずっとと使ってる紋様はある時バンクーバーのマンホールの文様が三叉文がいっぱい入った紋様なんですけど。それがインディアンのトーテムポールからフューチャーした紋様だと。これは何か関係があるかなと思ったけどあまりそこは深くいくと、どうも縄文は騙っちゃうことが多いのでそれ以上は危険だからと聞いたんですけど。何か共通するものがあります。もう1つは勝坂ですよね。これも神奈川の土器なんですけど、こういうふうに土偶がぼこっと付いてて、それでも紋様がきっちりまわりにいっぱいあるんです。これも神奈川、相模湖の近くの方が持ってる土器なんですけど、これも大変面白い土器で。それでこの、女の人だと思うんですけど、これはこの土器の向こう側は普通の紋様になっちゃってるんですけど、やはり相模原にこういう土器が。土器の後ろに、背中に1番上についてただろうという、そういう突起が出てます。それでこれは赤ん坊を背中に背負ってて、頭がここに。ですからこれで言うと土器の内側を向いている頭は本来この辺にあった。それが無くなってて。それがたまたま外れて発掘されて。これは発掘調査の時に発掘されたんですけど、掘ってた人がポケットに入れて持ってっちゃった。ですから発掘調査の報告書には載ってなくて、後で持ってった人が自首して博物館に持ってきて下さったということで、博物館では展示はするけれどもあまり表立って話題になりたくないというそういうものなんですね。これ面白いのはアフリカの民芸品にしてもそうなんですけど、ギリシャの壺絵にしても、赤ん坊の表現の仕方って我々の時代の赤ん坊とは手も短く足も短かったり赤ん坊ぽくなるんですけど、みんな足と手が大人と同じ比率で長くなってる。これもこんなに足の長い赤ん坊はいないし、手もすっといってる。そういう意味で同じだなと思って見てました。あとこれを見た瞬間、さっき小野さんが土器の出っ張りの所の紋様をいっぱい色んな所の出てたんですけど、これが変化したんじゃないかなと一瞬思ったように、ちょっとこれは凄い出っ張りで、赤ん坊が背負われてるという表現は、要するに土偶にしろこういう表現というのはあと国内ではあと3つあるだけですね。(後略)
スクリーンの映し出される画像は素晴らしく、会場の皆さんも熱心に見入っています。 新刊紹介 『縄文美術館』平凡社☆ここで紹介された写真が多く掲載された小川講師の写真集が『縄文美術館』平凡社から3月初旬に刊行されました。 |